明日の仕事にきく。読めば俄然やる気になる ビジネスキーパーソンwebインタビュー

株式会社ホットランド
代表取締役会長兼CEO
佐瀬守男

昭和37年群馬県桐生市生まれ。東京YMCA国際ホテル専門学校を卒業後、焼きそばとおむすびの専門店「ホットランド」を始める。平成9年にたこ焼店「築地銀だこ」1号店をオープン。以後、海外を含め300店以上をチェーン展開し、昨年にはニュービジネス大賞アントレプレナー大賞部門優秀賞を受賞。

第1回 前編

言い尽くされた言葉ですが"人"なんです

和のマクドナルドを目指す!
今は名実ともに日本一のたこ焼き屋さんになられたと思います。まずは会社の現状をお聞かせ下さい。

佐瀬CEO: グループで6業態、海外含む355店舗を展開しています。たこ焼きの築地銀だこ以外に、やきとりのほっと屋、広島焼鉄人、鎌倉山あずき茶屋、手づくり豆富料理の店鎌倉おぼろ、田舎そばふるさとを展開しています。昨年末からは、長年の夢だった海外展開も本格化させました。現在、銀だこを香港に2店舗、台湾に2店舗出店しており、今年中に台湾にもう1店舗出す予定です。

たこ焼き店を海外展開するとは、すごいですね。すべてで和食ですが、なぜたこ焼きであり、和食だったんですか?

佐瀬CEO: ホットランドは、当初焼きそばを群馬の桐生市で細々と売っていたんです。お店の場所は悪く、人通りはないは、隣りは下水処理場だわで、まったく売れない環境でした。でも、小さいころマクドナルドやミスタードーナッツを見て衝撃を受け、「俺は日本人。和のファーストフードを作り、日本の窓になってやる」という思いがありました。

 その後、地方のショッピングセンターからお声をかけていただき、ホットランドをフードコートに出店しました。最初はそこそこ売れたが、その後まったく売れなくなった。売れないからたこ焼き、たいやき、大判焼きなどどんどん種類を増やす。種類を増やすと、回転が悪くなり、冷める。冷めるとまた売れなくなる。悪循環でした。そこで、周囲の反対を押し切り、1品にしようと決め、一番得意で売れていたたこ焼きに絞ることにしました。

1号店で思った以上に成功、店舗拡大へ
なるほど、それでたこ焼きだったんですね。その後は、とんとん拍子に今の銀だこチェーンになったんですね?

佐瀬CEO: いいえ、たこ焼きに絞ってから後が大変でした。たこ焼き屋にしようと決めて、半年間は毎日たこ焼きを食べて研究しました。いろんな人に教えを請うために会いにも行きました。ようやくそこで、今の原型のたこ焼きレシピが出来上がり、味は大丈夫だと確信し、屋号も考えた末、築地の活気と、いつかは日本一の銀座と言う想いから『築地銀だこ』とつけました。職人が働いていてかっこいいと思える外観も造り、地方ショッピングセンターの催事コーナーで出店しました。

 催事では、待ち時間が2時間にもなり大成功でした。3日だけでしたが、3日間とも好調で、もう有頂天でした。その後は、いろいろあったのですが、順調に店舗数を増やすことができました。

店舗拡大をし、今に至るまで大変だったのは何ですか?

佐瀬CEO: 100店舗ぐらいになったころだったと思うのですが、地方のお店に視察に行ったんです。そのお店もまずまずで、お客さまの列ができてました。その列の中に小さな子連れのお母さんがいたのですがそのときの光景が今も忘れられません。

 「お母さん、おしっこ」。その親子は列の長さから1時間くらいは並んでいたと思うのですが、列をはずすと順番が後ろになるので、母親は、困った顔をして店員を見ました。すると、店員は目をそらしたのです。母親は、さびしげに列を離れていきました。その後、戻ってこなかったのは言うまでもありません。私は、はらわたが煮えくり返るくらいムカつきました。

 たくさんの店舗を造れば、お客様が喜んでくれると、その一心で店舗数を増やしてきました。そのためにマニュアルも整備しました。でも、たくさんの数をこなすために、一人のお客様の心を大切にすることを忘れてしまったのです。私は、その後すぐ、本社に戻って、「マニュアルをやめろ」と怒鳴りました。今、もちろん作業マニュアルなどありますが、サービスの心はマニュアルで表せない、でも、それを大切にしていくということを一番にしてます。

成功できたのは多くの人に助けてもらったから
絶好調の後にそんなことがあったんですね。

佐瀬CEO: はい、でも、そのときの事件がなかったら心の宿らないおなかを満たすだけの飲食店になってたかもしれません。心も満たす飲食業を目指したいですから。

たこ焼き屋で成功できたのはなぜだと思いますか?

佐瀬CEO: すべて人のような気がします。従業員であり、FCのオーナーであり1号店のショッピングセンター店長であり。他にも味の大切さを教えていただいた御座候の社長、和のファーストフードを目指せと言ってくれた日本マクドナルドの藤田田さん、10年先を見越した経営を教えてくれたマイカル茨城の立川社長などなど、とてもたくさんの人に助けてもらいました。

お金で動く人はすぐに去っていく
話を広げて、ビジネスで成功するには何が必要ですか?

佐瀬CEO: やはり、「人」ですね。銀だこも成功した後、たくさんのまねが出てきました。でも、うちだけが残ることができたのは、「人」なんです。

人をつなぐには何が大切ですか?

佐瀬CEO: お金で動く人は、すぐに去っていきます。お金ではなく、人を大事にする心ですかね。それには、夢が大切だと思います。みんなが「ワクワク」することを共通目標=夢にしていくことだと思います。

今後は何をしていきますか?

佐瀬CEO: 私は、日本が好きで誇りに思ってます。その日本を和食を通じて、世界中の人に知っていただきたい。だから、昨年末から始めた海外展開を加速していきます。小さいころマクドナルドやミスタードーナッツに入るとアメリカを感じました。私も日本を感じさせるお店、日本の窓になるお店を展開していきます。それが、社員の夢でもありますので。そのためには、たこ焼きでなく、他の和食も日本で開発していきます。先月の10月26日にもおそば屋さんを開店させました。そのお店は、最低価格280円です。大衆和食を研究し、価格を下げる努力をして、全世界に展開していきます。

新しいものが作るのが大好きなガキ大将
たこ焼き屋のチェーン展開で大成功を収めた佐瀬CEO。その秘訣とは?後編では銀だこの原点に迫ります。